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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)313号 判決 1998年7月16日

東京都中央区京橋2丁目3番19号

原告

三菱レイヨン株式会社

代表者代表取締役

田口栄一

訴訟代理人弁護士

生田哲郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

片寄武彦

吉野公夫

吉村宅衛

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第25107号事件について平成8年10月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成3年12月27日、名称を「面光源素子」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(平成3年特許願第345893号)をしたが、平成7年10月24日拒絶査定を受けたので、同年11月22日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第25107号事件として審理した結果、平成8年10月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月20日原告に送達された。

2  特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

少なくとも1つの側端を光入射面とし、これと直交する1つの面を光出射面とし、かつ該光出射面の反対面に光反射層を備えた透明導光体(1)と、該透明導光体の光出射面からの光を所定の方向に出射させる多数のプリズム単位を有するエレメント(3)とから構成され、透明導光体の光出射面とその反対面の少なくとも一方の面が、透明導光体の光入射面から入射した光を当該光の進行方向に対して斜め方向に出射させる指向性光出射機能を持つ粗面化部分と、光学的平面からなる平滑部分とからなり、該平滑部分の割合を前記光入射面に近づくに従って増加させて光出射面から出射する光の輝度値を光出射面全面で均一化させる制御機能を持たせたことを特徴とする面光源素子。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特開平2-84618号公報(平成2年3月26日出願公開。本訴における甲第4号証。以下「引用例1」という。)には、例えば、次のような記載がある。

<1> 「少なくとも一つの側端を入射面とし、これと直交する面を光出射面とし、かつ出射面の反対面に反射層を備えた第1エレメントと、上記第1のエレメントから出射光を入射させる入射面と所定の方向に光を出射させる出射面とを備えた第2のエレメントから構成され、上記第1のエレメントの光出射面にはその仮想平面が上記反射層の面と実質的に平行な梨地面を有しており、かつ上記第2のエレメントの入射面には多数のプリズム単位が形成されていることを特徴とする面光源素子により達成される。」(2頁左下欄15行から右上欄6行)

<2> 「そこで本発明者らは、第1のエレメントである導光体表面をできるだけ均一に粗面加工(本発明では以下梨地面という)を施し、その形成された梨地面と出射光の出射方向性を詳細に検討した結果、出射の法線に対し70~80度方向に殆んどの光が出射していることを見出し、この方向を法線方向に変換させるために、第2のエレメントを組み合わせることを考えて本発明を完成させた。」(3頁左上欄8行から16行)

<3> 「第1図は本発明に係る面光源素子の一実施例を示す部分的な断面図である。同図において14は蛍光灯等の光源、15はそのリフレクター、13は導光体50の出射面16と反対側に形成された反射面、16は導光体50の出射面である(60は梨地面)。なお、導光体50の出射面16は反射層13の面と実質的に平行な面である。40は第2エレメントのプリズム単位、32はその出射面である。プリズム単位40は光源(ランプ)に平行な方向に延びる凸状の線形状をなしている。本発明の構成は、導光体の少なくとも一つの側端11を入射面とし、これと直交する面を出射面16とし、該出射面16の反対面に反射層13を備えかつ、導光体の少なくとも一つの面に前記梨地面60を配した第1のエレメント50と、上記第1のエレメント50からの出射光を入射させ、かつ所定の方向に光を出射させるプリズム単位40を配した入射面と該プリズム単位40からの光を出射せしめる出射面32とを備えた第2のエレメント51とから構成されている。」(3頁右下欄12行から4頁左上欄12行)

<4> 「第2図において、第1のエレメント(導光体)50-1はその梨地面60を光出射面16とは反対側に形成し、独立または一体的に形成した反射層13に対向させて配置したものになっており、第1エレメント50-1の出射面16は平滑面となっている。第3図は導光体50の上下面に梨地面60を配した導光体50-2を使用した構成例を示したものである。なお本発明において、透明導光体の出射面16となる梨地面の仮想平面が反射層の面13と実質的に平行と云うことは、厚味の均一な板状体と云うことで、本発明は容易に製作、組立可能な透明導光体を用いることを特徴の一つとしている。」(4頁右下欄20行から5頁左上欄12行)

前記<1>から<4>の記載からみて、引用例1には、少なくとも1つの側端を光入射面とし、これと直交する1つの面を光出射面とし、かつ該光出射面の反対面に光反射層を備えた透明導光体と、該透明導光体の光出射面からの光を所定の方向に出射させる多数のプリズム単位を有するエレメントとから構成され、透明導光体の光出射面とその反対面の少なくとも一方の面が、透明導光体の光入射面から入射した光を光出射面の法線に対し70ないし80度の特定方向に出射するよう均一に粗面加工した梨地面とした面光源素子が記載されている。

同じく、特開平3-89295号公報(平成3年4月15日出願公開。本訴における甲第5号証。以下「引用例2」という。)には、例えば、次のような記載がある。

<1> 「本発明は、導光板の相対向する表裏両面のうち一方の面に鏡面反射部と散乱反射部とを夫々面積的に異ならせて形成するように構成した。すなわち、透明導光板の側面より線光源にて光を照射する面光源装置において、上記導光板の裏面に、上記光源から遠ざかるにつれてその面積が次第に小さくなるように形成した鏡面反射部と、上記光源から遠ざかるにつれてその面積が次第に大きくなるように形成した散乱部とを備えるように構成した。」(2頁左上欄18行から右上欄7行)

<2> 「上記構成によれば、上記線光源より照射された光は、光源近傍では、大部分の光が、面積的に大きい上記鏡面状反射部にて入射角と反射角とが等しく反射するため、上記導光板の中央付近へ導かれる一方、残りのわすかな光が、面積的に小さい上記散乱部で反射して導光板の表面側に導かれる。また、上記線光源から遠い部分では、大部分の光が、面積には大きい上記散乱部にて表面側へ散乱反射される一方、残りのわずかな光が、面積的には小さい上記鏡面状反射部にて反射する。この結果、上記線光源の近傍の光量の強い部分の光は上記線光源から遠い部分の光量の弱い部分に導くことができ、全体として均一な面光源を形成することが可能となる。」(2頁右上欄19行から左下欄12行)

<3> 「上記導光板1の上記表面に対向する裏面には、上記各光源2から遠ざかるにつれてその面積が次第に小さくなるようにストライプ状に多数の鏡面状反射部1b、…1bを形成する。この鏡面反射部1b、…1bはストライプ状ではなく第3図に示すようにドット状に形成してもよい。この鏡面状反射部1bは、光に対してその入射角とその反射角とが等しくなるように反射させるものであって、マスクを用いた蒸着法、スパッタ法、転写法、メッキ法、塗装法、または、印刷法などで形成する。この鏡面状反射部1bの材質としては、パラジウム、鉄、クロム、アルミニウム、銀、又は、ニッケルなどの金属あるいはこれらの合金の金属薄膜、薄板、または、これらの金属片や粒子を含むインキなどを用いるとよい。この鏡面状反射部1b、…1bを形成した後、上記裏面の全面に印刷法、転写法、または、コーティング法等にて散乱反射層1eを形成する。この結果、導光板1の表面からみると、上記導光板1の裏面に、上記線光源2、2から遠ざかるにつれてその面積が次第に小さくなるようにストライプ状の多数の鏡面状反射部1b、…1bが形成されるとともに、上記鏡面状反射部1b、…1b以外の部分には白色の散乱反射部1c…1cが上記光源2、2から遠ざかるにつれてその面積が次第に大きくなるようにストライプ状に形成されることになる。散乱反射部1cは、光を散乱して反射させる部分であり、酸化チタンなどを含む白色インキやマットインキなどで形成するとよい。散乱反射部1cは、白色で形成すると反射効率が良くなるので好ましい。尚、第1図において、上記白色の散乱反射層1eの下面には、更に光もれを防止しかつ反射効率を高める目的で、鏡面状反射層を、その全面に、印刷法、コーティング法、蒸着法、転写法、または、スパッタ法等にて形成してもよい。」(3頁左上欄16行から左下欄11行)

前記<1>から<3>の記載からみて、引用例2には、少なくとも1つの側面を光入射面とし、これと直交する1つの面を光出射面とし、出射面の裏面に鏡面状反射層を備えた透明導光板において、透明導光板の出射面の裏面に入射角と反射角が等しく反射する鏡面状反射部と入射した光を出射面に散乱反射する散乱反射部を形成し、鏡面状反射部の面積的比率を光入射面に近づくに従って大きくして、出射する光の輝度を全体として均一化した面光源装置が記載されている。

(3)  そこで、本願発明と引用例1記載のものを対比する。

引用例1における「透明導光体の光入射面から入射した光を光出射面の法線に対し70~80度の特定方向に出射するように均一に粗面加工した梨地面」は、本願発明における「透明導光板の光入射面から入射した光を当該光の進行方向に対し斜め方向に出射させる指向性光出射機能を持つ粗面化部分」に相当するものであるから、本願発明と引用例1記載のものは、少なくとも1つの側端を光入射面とし、これと直交する1つの面を光出射面とし、かつ光出射面の反対面に光反射層を備えた透明導光体と、透明導光体の光出射面からの光を所定方向に出射させる多数のプリズム単位を有するエレメントとから構成され、透明導光体の光出射面とその反対面の少なくとも一方の面が、透明導光体の光入射面から入射した光を当該光の進行方向に対して斜め方向に出射させる指向性光出射機能を持つ粗面化部分を有する面光源素子である点において、両者は一致し、次の点で両者は相違する。

(相違点) 本願発明が、透明導光体の光出射面とその反対面の少なくとも一方の面が、透明導光体の光入射面から入射した光を該光の進行方向に対して斜め方向に出射させる指向性光出射機能を持つ粗面化部分と、光学的平面からなる平滑部分とからなり、該平滑部分の割合を光入射面に近づくに従って増加させて光出射面から出射する光の輝度値を光出射面全面で均一化させる制御機能を持たせたのに対して、引用例1記載のものが、出射する光の輝度値を光出射面全面で均一化させる制御機能に関する構成が記載されていない点。

(4)  次に、相違点について検討する。

<1> 引用例2記載のものにおける鏡面状反射部は、入射した光を散乱させることなく、一定の法則に従って光を出射する機能において、本願発明における光学的平面からなる平滑部分に相当するものであり、光学的平面からなる平滑部分という構成を採用するメリットは、透明導光体の出射面に輝度値制御機能を形成可能とするものである。

<2> 輝度値制御機能を出射面、出射面とその反対面の両面に形成することと、輝度制御機能を出射面の反対面に形成することによる効果を比較しても、格別の差異がなく、輝度値制御機能を透明導光体のどの面に形成するかというようなことは、当業者が必要に応じて容易になし得る設計事項である。

<3> そして、入射した光を散乱させることなく規則性をもった光として出射させる構成として、鏡面状反射部と光学的平面からなる平滑部分いずれの構成を採用するかというようなことも、当業者が必要に応じて容易になし得る程度のものである。また、入射した光を散乱して出射する構成として、本願発明の構成の指向性出射機能を持つ粗面化部分は、引用例1に開示されており、引用例1記載のものに、光出射面全面で均一な輝度とする輝度値制御機能を持たせるために、引用例2記載のものの構成と引用例1記載の粗面化部分の構成を適用して、相違点にあげた本願発明の構成のようにすることは、当業者が容易になし得るものである。

<4> そして、本願発明の効果は、引用例1及び引用例2記載のものの持つ効果の総和以上のものではない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前日本国内において頒布されたことが明らかな引用例1及び引用例2記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、本願は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)(本願発明の要旨等)、同(2)(引用例の記載事項の認定)は認める。

同(3)(一致点、相違点の認定)は認める。ただし、相違点は他にもある。

同(4)(相違点についての判断)のうち、<2>は認め、その余は争う。

同(5)は争う。

審決は、本願発明の要旨の解釈を誤ったため相違点を看過して、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 本願発明の要旨にいう光学的平面からなる平滑部分における「光学的平面」は、全反射面を構成する光学的平面を意味する。したがって、本願発明の「光学的平面からなる平滑部分」が全反射面を構成する点を相違点として挙げなかった審決には、相違点を看過した誤りがある。

<1> すなわち、「光学的平面」という用語は、「入射した光が散乱することのない程度の滑らかな面」という意味で使用される場合もあるが、「臨界反射角以上で入射した光がほとんどロスされることなく反射する全反射面」を意味する用語としても、光学分野においては普通に使用される用語である。

そうすると、本願発明の要旨にいう「光学的平面」については、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合に当たるところ、本願明細書の発明の詳細な説明中の0041項(甲第3号証)の記載は、「光学的平面」の意味を明確化するために定義、説明したものである。また、本願明細書の発明の詳細な説明中の0024項には、「透明導光体で、光学的に最もロスの少ない界面反射を用いて出射光量の調整を行い」と、本願発明が「光学的に最もロスの少ない界面反射」、すなわち「全反射」という機能を導光体に用いることが説明されている。

<2> 被告は、透明導光体の平滑部分の表面との界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質が存在するという構成が付加されない限り、光学的平面というのみでは全反射面を構成しない旨主張する。

(a) しかしながら、界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質が存在するという構成が付加される必要があるとの点は、審決段階で全く問題にされていなかった事由であり、これを本件訴訟段階になって初めて主張することは許されない。

(b) しかも、本願発明の面光源素子は液晶表示素子等の背面照明手段として使用されるものであり、特に断らない限りは空気中で使用されることが大前提となっている。また、この点は、本願明細書の記載からも明確に読み取れるところである。液晶表示素子などの面光源素子における発明に関する出願は多数存在するが、空気中で使用されることが大前提となっているので、それらの特許請求の範囲中に、界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質という構成が明記されることはないし、また、これを明記しないが故に、拒絶されたということはありえないことである。

(c) なお、本願明細書に添付された図8(別紙参照)には、一見導光体の裏面に反射層が一体に形成されているような断面図が挙げられているが、本願明細書の詳細な説明中の0045項を読むと判明するように、図8は、反射層が導光体と一体化した具体例を開示しているものではなく、粗面化された光出射面に平滑部分を設けた変形例を示すものであり、図8の実施例の構成のその他の部分は図4(別紙参照)で開示されている面光源素子と同一のもので、反射層は導光体と一体化されていないものである。

(2) 被告は、仮に本願発明における「光学的平面からなる平滑部分」が全反射を構成する面のみを意味するとしても、入射した光を散乱させることなく規則性をもった光として出射させる構成として、鏡面状反射部と光学的平面からなる平滑部分のいずれの構成を採用するかというようなことも、当業者が必要に応じて容易になし得る程度のものであると主張する。

しかしながら、本願発明は、指向性光出射機能を持つ粗面化部分を有し、出射光量が大きいという特徴を有する特別の導光体において、全反射面を構成する光学的平面からなる平滑部分を併用することによって、導光体の本来有する出射光量が大きいという特徴を損なうことなく、出射光量の調整を行って光出射面全面にわたって輝度値の均一化を図ることを可能としたものであって、両方の構成を併用したことによる相乗効果によって初めて本願発明の固有の効果が達成できたものであり、乙第1ないし第6号証のいずれの発明にも、このような構成の組合せ及び作用効果について開示も示唆もされていない。

したがって、被告のこの点の主張は失当である。

第3  原告の主張に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張のような誤りはない。

2  反論

(1)<1>  「光学的平面」は、光学の技術分野において、通常、入射する光が散乱することのない程度の滑らかな面という意味を有している。

また、本願発明においては、「光学的平面」は「粗面化部分」と対比されて用いられているものである。

<2>本願発明の要旨にいう「透明導光体の光学的平面からなる平滑部分」自体は、その界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒体が存在するという意味を持っていない。本願発明の要旨にいう「光反射層」が透明導光体の表面に密着配置される構成においても、液晶表示素子の面光源素子として機能することは明らかであるから、本願発明の意味するところは、その特許請求の範囲の記載自体から明確である。したがって、仮に原告が「透明導光体の平滑部分の表面との界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒体が存在する」ということを主張するには、「光反射層」が「透明導光体」の「平滑部分の表面」から「間隔を置いて配置される」という構成要件が本願特許請求の範囲に規定される必要があるものである。

<3>  本願明細書の発明の詳細な説明中の0041項には、「導光体1の平滑部分8の表面は全反射面を構成する光学的平面であり」との記載があるが、「光学的平面」に「全反射」を達成するための別の構成が付加されない限り、臨界反射角以上で入射した光がほとんどロスされることなく反射する全反射面にはならないものである。

本願明細書の発明の詳細な説明0024項中の「透明導光体で、光学的に最もロスの少ない界面反射を用いて出射光量の調整を行い」との記載から、「光学的平面からなる平滑部分」という用語自体が、臨界反射角以上で入射した光がほとんどロスされることなく反射する全反射面を意味すると解釈することはできない。

<4>  したがって、本願発明の要旨にいう「光学的平面からなる平滑部分」は、入射する光が散乱することのない滑らかで平らな面という意味に解釈するほかはなく、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、失当である。

<5>  なお、被告が本訴において「透明導光体の平滑部分の表面との界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒体が存在する」との限定の点を問題とすることは、審決時における本願発明の要旨の解釈と何ら矛盾するものではない。

(2)  仮に本願発明の要旨にいう「光学的平面からなる平滑部分」が全反射を構成する面のみを意味するとしても、面光源素子において、透明導光板内に入射した光を透明導光板の界面で全反射を繰り返して伝搬することは本願出願時において周知の事項(乙第1ないし第6号証)であり、入射した光を散乱させることなく規則性をもった光として出射させる構成として、鏡面状反射部と光学的平面からなる平滑部分のいずれの構成を採用するかというようなことも、当業者が必要に応じて容易になし得る程度のものであるから、審決の結論には誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)は当事者間に争いがなく、同(3)(一致点、相違点の認定)も当事者間に争いがない(ただし、原告は相違点は他にもあると主張する。)。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  甲第2及び第3号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明者らが特開平2-17号公報、特開平2-84618号公報(注・本件における引用例1)、特開平2-176629号公報に報告しているような透明導光体でかつ本来出射量が大きい透明導光体で、光学的に最もロスの少ない界面反射を用いて出射光量の調節を行い、出射光面の輝度値の均一化を試みた。」(甲第2号証5欄38行ないし43行)、「出射光の全体としての輝度値が入射端近傍の輝度値の約3/10に増加させることができ、しかも光出射面全体として均一な輝度値を示す透明導光体を得ることを見出した。」(同6欄2行ないし6行)、「さらに、この発明においては、導光体1の平滑部分8の表面は全反射面を構成する光学的平面であり、平滑部分8に対して臨界反射角以上の入射角で入射した光は殆どロスされることなく反射され漏洩光とはならないことから、光を有効に利用でき、光出射面全体の輝度を向上させることができるものである。」(甲第3号証3頁16行ないし19行)と記載されていることが認められ、さらに、図4(甲第2号証。別紙参照)には、導光体1の出射面6の反対面9を粗面化してその上に平滑部分8を設け、反対面9側に空気層を挟んで反射層2を設けることが図示され、図8(甲第2号証。別紙参照)には、導光体1の粗面化された光出射面6に平滑部分8を設け、光出射面6側に空気層を挟んでプリズム単位を有するエレメント3を設けることが図示され、図9(甲第2号証。別紙参照)には、導光体1の粗面化された光出射面6と粗面化された反対面9の両面に平滑部分8を設け、出射面6側に空気層を挟んでプリズム単位を有するエレメント3を設け、反対面9側に空気層を挟んで反射層2を設けることが図示されていると認められる。

これらの記載等によれば、本願明細書の発明の詳細な説明及び添付された図面には、導光体1の平滑部分8の表面を滑らかな面とし、その界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質(例えば、空気)を存在させ、界面反射を利用することによって入射光のロスを少なくするとの技術思想が記載されていると認められる。

(2)  原告は、本願発明の要旨にいう「光学的平面からなる平滑部分」は、全反射面を構成する光学的平面を意味し、上記(1)で説示した界面反射を利用する点は、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面だけではなく、本願の特許請求の範囲にも記載されていると主張する。

<1>  しかしながら、弁論の全趣旨によれば、「光学的平面」という用語は、光学の技術分野において、「入射した光が散乱することのない程度の滑らかな面」という意味で使用されることが認められる。

原告は、「光学的平面」という用語は、光学の技術分野において「臨界反射角以上で入射した光がほとんどロスされることなく反射する全反射面」を意味する用語としても普通に使用される用語である旨主張するが、この点を認めるに足りる証拠はない。

<2>  次に、原告は、本願明細書の発明の詳細な説明中の0041項(甲第3号証)の記載は、本願の特許請求の範囲にいう「光学的平面」の意味を定義、説明している旨主張する。

しかしながら、「さらに、この発明においては、導光体1の平滑部分8の表面は全反射面を構成する光学的平面であり、平滑部分8に対して臨界反射角以上の入射角で入射した光は殆どロスされることなく反射され漏洩光とはならないことから、光を有効に利用でき、光出射面全体の輝度を向上させることができるものである。」との0041項の記載は、「平滑部分の表面8」が「光学的平面」からなり、かつ、「全反射面」を構成するものであることを説明していると認められるが、それ以上に、上記0041項の記載が、本願の特許請求の範囲にいう「光学的平面」自体が全反射面との意味を有することを定義したとか、その旨を明瞭に説明したものと認めることはできない。

また、本願明細書の発明の詳細な説明中の0024項(甲第2号証)の記載にも、本願発明の要旨にいう「光学的平面」の意味を定義、説明している部分は見いだせない。

<3>  原告は、本願発明の面光源素子は液晶表示素子等の背面照明手段として使用されるものであり、特に断らない限りは空気中で使用されることが大前提となっており、液晶表示素子などの面光源素子における発明に関する出願は多数存在するが、空気中で使用されることが大前提となっているので、それらの特許請求の範囲中に「界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質、例えば空気が存在する」という構成が明記されることはない等と主張する。

しかしながら、本願発明の面光源素子は空気中で使用されることが大前提となっているとしても、本願明細書に添付の図8(別紙参照)に示されているように導光体の一面に光反射層を一体に設けることは当然あり得ることであって、空気中で使用されることが大前提であるとしても界面に空気が当然存在することにはならないものであるから、この点の原告の主張は採用することができない(原告は、図8は光反射層2が導光体1と一体化した具体例を開示しているものではないと主張するが、図4及び図9(別紙参照)と対比すれば、図8が光反射層2と導光体1を一体化した実施例を開示していることは明らかであり、原告の上記主張は採用することができない。)。

<4>  上記に説示したところからすると、本願の特許請求の範囲に記載された用語を解釈するに当たって発明の詳細な説明の記載等を参酌しても、特許請求の範囲の記載が「全反射面」に限定した「光学的平面」のみを規定しているとは認めらない。すなわち、本件では、発明の詳細な説明の項及び図面には、全反射面を構成する光学的平面からなる平滑部分という技術思想が記載されてはいるものの、これに限定されない平滑部分についても記載されており、特許請求の範囲でも、特に全反射面を構成する光学的平面からなる平滑部分に限定する規定はされていないといわざるをえない。したがつて、本願発明の要旨にいう「光学的平面からなる平滑部分」は「全反射面を構成する光学的平面」のみを意味するとの原告の主張は採用することができない。

以上のとおり、本願発明は、透明導光体と光反射層との間に透明導光体の屈折率よりも小さい屈折率の媒質(空気等)を有するため全反射の機能を有する光学的平面からなる平滑部分だけでなく、透明導光体と光反射層との間に空気等を有さないために全反射の機能を有しない光学的平面からなる平滑部分も含むこととなる。したがって、本願発明は、光学的平面からなる平滑部分が全反射面を構成する点において、引用例1記載のものと相違するとの原告の主張は採用することができない。

(なお、原告は、界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質が存在するという構成が付加される必要があるとの被告の主張は、審決段階で全く問題にされていなかった事由であり、これを本件訴訟段階になって初めて主張することは許されない旨主張する。

しかしながら、原告は、本訴において、本願発明の要旨にいう光学的平面からなる平滑部分は全反射面を構成する光学的平面のみを意味するところ、審決はこれを看過した旨主張したのに対し、被告は、もし原告主張のとおりの構成であるとするならば、光学的常識上、界面に透明導光体の屈折率よりも小さい屈折率の媒質が存在するという構成が付加されない限り、光学的平面というのみでは当然には全反射面を構成しないのであって、本願発明においてはそのような限定はされていないから、原告の主張は理由がない旨反論したにすぎないものであり、こうした反論が許されない理由はない。現に、甲第1号証(審決書)をみても、審決は、本願発明において、界面に透明導光体の屈折率より小さい屈折率の媒質が存在する構成に限られるものとは解しないで光学的平面の構成につき判断していることが認められ、本訴において原告からの全反射面に限定されるとの主張に対し、被告が上記の反論をすることは、引用例の範囲内で当然に許されるところである。)

(3)  そして、引用例1記載のものに光出射面全面で均一な輝度とする輝度値制御機能を持たせるために、引用例1記載のものの構成に引用例2記載のものの構成を適用して相違点に挙げた本願発明の構成(ただし、透明導光体と光反射層との間に空気等を有さないもの)のようにすることは、当業者が容易になし得るものと認められ、その効果も、引用例1及び引用例2記載のものの持つ効果の総和以上のものではないと認められる。

(4)  したがって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年7月2日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙

<省略>

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